2026年1月7日(水)
7時より「どんど」。砂浜にて正月飾り等々を焚くため、部落の人々が集まる。新年の挨拶、炎に各家の立派な正月飾りや1年間神棚の中に鎮座していた大麻を入れて焚く。不思議と炎の前に集まると人は語るので面白い。色々な話が聞ける。家によっては、灰を持ち帰り家の四つ角に盛る。お供えしていた餅も焼き、持ち帰って七草粥に入れるという家も。よく焦げた黒松を持ち帰り、玄関前に挿しておくと火事から守ってくれるというような話も。もちろん何気ない雑談も多々ある。少し遠い親戚等で不幸があったお家は「弓がある」ということで、少し離れたところで焚く。「弓」ということなど、今まで知らずに生きてきた。
昼前、どんどが終わり珈琲などいただきながら休憩していたら、父が急遽入院する必要があるという連絡があり、慌てて諸々手配し西宮へ向かった。17時過ぎに到着したら手術は完了しており、話をしたりしばらく過ごしやすいように環境を整えたり、先生や看護師さんと話をしたり手続きをしたり…。全て終わると21時を過ぎていた。竹野へ帰る気力も体力も残っていなかったので、母の家で休ませてもらうことにした。母の家へ到着すると、急な連絡だったのに鍋を用意してくれていた。とてもお腹が空いていたので助かった。とても嬉しかった。でも、寄せ鍋に鶏の唐揚が、しかもおそらく冷凍食品として売られているチキンナゲットが入っていたのには驚いた。慌てて用意してくれたことが全面に出ているので、それはとても嬉しく感謝。でも同時にやはり、家庭的な鍋料理にジャンクフードが浮いている様は衝撃的で、簡単に思いつけるものではない。仮に思いついても簡単に実行できることではない。それをやってのけるのが母であり、戦後の昭和期に母親という役割を果たした…「おかん」という存在の巨大さを感じながら平らげ、お出汁も全て飲み干した。
今日はナミ(南正人)さんの命日。神さまをお見送りする日に亡くなったんだなぁと、訃報を耳にした朝を思い出し床についた。